遥洋子「女の敵は女」を読んで。
NBonlineより
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20070822/132845/?P=1最近、なんだかこのコラムの内容に賛同できない。
ちょっとずれていると感じる。
女の敵は女・・とはよく言われるものだが
今回のコラムではそれには当てはまらないと思われた。(私は)
**********記事引用*****************
法要の途中、“長男”がおもむろに「それではここからは男だけで…」と言い出した。甥が「そんなこと言うとまた洋子おばちゃんがうるさいよ」と笑った。私は「なぜ法要に私を入れないのか」と気色ばみ、強引に儀式に加わった。
言われたとおりに従順に儀式に参加しないで台所の奥に控える兄嫁の一人が、「洋子ちゃんはもう男として生きるねんて」と嘲笑した。皆がどっと笑った。
**********ここまで*****************
遥洋子さんは、この件を非常に不愉快に思い、反発している。
それは全く悪いことではない。
女性を排除する明確な理由なんてないからだ。
でも次の意見には賛同しかねる。
**********記事引用*****************
だがその“家族”が集まった時、「女だからダメ」と排除された。どれほど無邪気に排除しようが、されたほうは気分のいいものではない。しかし、もとが無邪気なのだから「気分が悪い」と相手を責めれば、仲間に入ることもできる。現に兄は渋々ながらも、私を力で拒絶はしなかった。
しかし、そこで聴衆たちのリアクションが入る。
女性枠に収まらず、そこから何とか這い出そうとしている女性への“女性から”の叱責だ。それが兄嫁の「男として生きるねんて」という嘲笑になる。そこにはもちろん私が結婚もせず子供も産んでいないという前提がある。
兄嫁は目前で「女だからと言って排除するな」と格闘する私を応援するのではなく、「もう女ではないから」と笑いものにすることで男性たちのほうに同調した。
**********ここまで*****************
私はその現場にいたわけではないから
あくまでも推測なのだが、兄嫁は彼女を馬鹿にしたのではないと思う。
むしろ応援したのでは?
「男として生きるねんて」という言葉は
「ぐだぐだ言わんと、入れてやれよ〜」という意味に聞こえてくる。
実際、結婚もしておらず子供もいないと言うことなので
男さながらに生きていることに間違いはないのでしょう。
そこを馬鹿にしたのではなく、
「(男と同じくらいやってるんだから)入れてやれよ〜」という意味で
「男として生きるねんて」という言葉が出てきたんじゃないかな?と。。
いい風に解釈しすぎかなあ?
でもね、他人から発せられた言葉をどう受け取るかは
人によっていろいろだよね。
その場の雰囲気とか、言葉の抑揚、声のトーンなんかでも
受け取り方は変わって来るけど
同じくらい重要なのが受け取る側の心の持ちようかなと思う。
女を排除しようとする男の意見が「無邪気」なものであると思うなら
こっちだって無邪気に返してみてもいいのでは?
「男として生きるねんて」と言われたときに
「せやで〜、私はもう男みたいなもんやで〜」というくらいの
余裕があったっていいんじゃないかと思ってしまう。
そこに「ぴぴぴっ」っと反応してしまうということは
遥さん自身が未婚であり、子供もいないという点に
負い目を感じているのかな・・と言う気がしました。
↓↓↓ こちらもチェックしてね ↓↓↓
旬の話題、最新情報はこちら ⇒ ニュースランキングみんながチェックしているニュースはこちら ⇒ ニュース全般ランキング それにしても、このコラムにはコメントが反映されないね。
アンケートの結果も「参考にならなかった」って人多いし。
ちょっと最近、ずれてきているのが原因かしらね?
関連記事
http://d.hatena.ne.jp/yomotsu-hirasaka/20070824/1187938498#chttp://d.hatena.ne.jp/Pcha00/20070825/p1http://hibino-kizuki.blogzine.jp/blog/2007/08/post.html